2026年10月、内容を更新しました。
集中治療室(Intensive Care Unit:ICU)を退室した患者さんが、「あのとき何が起きていたのか、よく分からない」と話す。体の回復と一緒に、その人に残った記憶にも目を向けたい場面です。
ICU Memory Tool(ICUメモリーツール:ICUMT)は、その記憶を確認するために開発された道具です。ICU日記と一緒に語られることがありますが、役割は同じではありません。

先生、ICUメモリーツールは、入院中の日記を書くための用紙ですか? 記憶を整理すると聞いて、同じものだと思っていました。

名前が少し紛らわしいよね。メモリーツールは、患者さんにどんな記憶が残っているかを尋ねるための道具なんだ。日記は、入院中の出来事を記録して、後から振り返る手掛かりにするもの。評価と支援の方法を分けて考えてみよう。
※対話は学習用のフィクションです。
ICUメモリーツールは「何が記憶に残っているか」を確認する
Jonesらは2000年、ICUでの記憶を回復期に評価するツールの予備的検証を報告しました。原著は45人を対象とした研究です。発表年は2000年であり、出版社ページのオンライン掲載年2011年とは区別します。[1]
記憶は、大きく次のように整理されます。以下は項目用紙の転載ではなく、意味を理解するためにまとめた表です。[2,3]
| 記憶の側面 | 確認する内容の例 | 読み取りで気をつけること |
|---|---|---|
| 事実に関する記憶 | 人の顔、声、機器の音、処置など | 覚えている量だけで、その人の体験の良し悪しを決めない |
| 感情に関する記憶 | 怖さ、不安、痛み、不快さなど | 医療者の説明と、本人が感じたことは一致しない場合がある |
| 妄想的記憶 | 悪夢や幻覚、危害を加えられたと感じる記憶など | 「妄想的」は研究上の分類。本人のつらさを否定する言葉として使わない |
2019年の大規模なICU日記研究でも、患者さんの記憶を調べるためにICUメモリーツールが用いられています。[3] つまり、日記を使ったかどうかとは別に、どんな記憶が残ったかを評価する道具です。
この道具だけで、心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder:PTSD)や、集中治療後症候群(Post-Intensive Care Syndrome:PICS)を診断するわけではありません。記憶の内容、現在のつらさ、生活への影響を合わせて確認し、必要な評価・支援へつなぎます。
日本語ではどう読める?――翻訳の紹介と尺度の検証は別
私たちは2019年の総説「ICU入室患者の記憶 ─予後に与える影響と妄想的記憶に対する介入」で、ICUメモリーツールの内容を日本語で紹介しました。[2]
その総説に訳が掲載されていることと、日本語版尺度として信頼性・妥当性が検証されていることは、同じではありません。今回確認できた資料の範囲では、正式な日本語版の検証を確定できませんでした。「現在も日本語版は存在しない」とは断定せず、研究や組織的な評価に使う際には、原著・最新版・利用条件・翻訳手続きを確認する必要があります。
総説はJ-STAGEの公開ページから読めます。本記事には質問票そのものを転載していません。

患者さんが怖い記憶を話されたら、実際にあったことをすぐに説明して、正しい記憶に直す方がよいのでしょうか?

まず、今その話をしたいか、どれくらいつらいかを確かめたいね。「そんなことはなかった」で終わらせず、怖かった気持ちを受け止める。出来事を一緒に確認するにしても、一度に全部思い出してもらう必要はないよ。本人のペースに合わせて、チームで支えよう。
ICU日記は、出来事を振り返る手掛かりを残す支援
ICU日記は、スタッフや家族などが入院中の出来事を記録し、回復後の患者さんが経過を理解する手掛かりにする取り組みです。誰が書くか、何を書くか、いつ誰と読むかは研究や施設で異なります。[3–5]
| ICUメモリーツール | ICU日記 | |
|---|---|---|
| 主な目的 | 残っている記憶を評価する | 経過を振り返るための記録を残す |
| 中心になる行為 | 本人に記憶を尋ねる | 出来事を記録し、希望に応じて振り返る |
| それだけで分からないこと | PTSDの診断、生活全体の回復 | PTSDが予防できたか、本人に必ず役立つか |
この比較は本記事で独自に整理したものです。記憶を聞くことと、日記を書くことを機械的なセットにする必要はありません。
ICU日記でPTSDは減る?――研究結果は一様ではない
2010年のJonesらの無作為化比較試験では、ICU退室約1か月後に日記を渡す介入で、3か月時点の新規PTSDが少ない結果でした。[4]
一方、2019年のフランスの多施設無作為化比較試験では、人工呼吸を受けた患者さんに対する日記介入で、3か月後に強いPTSD症状を示す割合の有意な減少は確認されませんでした。[3] 「日記」という名前が同じでも、対象、渡し方、支援の組み合わせ、評価方法はそろっていません。
2025年に公表されたSCCMの家族中心ケア指針「2024」は、家族への支援としてICU日記を提供することを条件付きで提案しています。ただし根拠の確実性は低く、家族の不安・抑うつ・PTSDの改善を保証する推奨ではありません。[5]
さらに、2026年の系統的レビューでは、不安・抑うつ症状への補助的な利益の可能性がある一方、出版バイアスを補正するとPTSDの発生や重症度への有意な利益は確認されませんでした。[6] 補正した解析にも限界があり、これだけで「日記は効かない」と結論することもできません。
日記は、本人や家族の希望に沿った支援の一つ。PTSDを確実に予防する単独の方法とは説明しないことが大切です。
記憶を聞くときに、看護師が整えておきたいこと
研究から効果が確立した手順という意味ではなく、ここからは患者さんのペースを大切にするための実践上の提案です。
- 話す目的を伝え、今話したいかを尋ねる。「今日は話さない」という選択も尊重する。
- 覚えていることを誘導せずに聞く。事実確認と、感じた怖さ・苦痛への対応を分ける。
- つらさが増すときは無理に続けず、休止や別の相談の機会を提案する。
- 日記や写真を一緒に見る場合も、本人の希望・プライバシー・施設の方針を確認する。
- 眠れない、日常生活に支障があるなどの困り事は、病棟・外来や心理・精神面の支援先へつなぐ。
たとえば「何があったか順番に全部教えてください」より、「覚えていることで、今気になっていることはありますか」と入口を作る方法が考えられます。これは学習のために作成した声かけ例で、実際の患者さんの発言や、検証済みの面接手順ではありません。

記憶があるかだけでなく、今その記憶がどんな負担になっているかも大切なのですね。話すことや日記を読むことを、こちらの都合で進めないようにしたいです。

そうだね。道具を使い終えることより、その人が今どんな助けを必要としているかを大事にしよう。ICUでの時間が退室後も続いて感じられることを、次のケアをする人にも伝えていきたいね。
関連する勉強ノート・書籍
人工呼吸を受ける患者さんの反応と看護を学びたい方には、2019年刊の『人工呼吸ケア はじめの一歩』をAmazonで確認する導線もあります。書籍は刊行時点の内容として読み、本記事で紹介した更新後の研究・指針と合わせて確認してください。
参考文献
- Jones C, Humphris G, Griffiths RD. Preliminary validation of the ICUM tool: a tool for assessing memory of the intensive care experience. Clin Intensive Care. 2000;11:251–255. 出版社・原著抄録
- 坂木孝輔, 内野滋彦, 宮城久仁子. ICU入室患者の記憶 ─予後に与える影響と妄想的記憶に対する介入. 日本集中治療医学会雑誌. 2019;26:241–248. 総説
- Garrouste-Orgeas M, et al. Effect of an ICU Diary on Posttraumatic Stress Disorder Symptoms Among Patients Receiving Mechanical Ventilation: A Randomized Clinical Trial. JAMA. 2019;322:229–239. 原著
- Jones C, et al. Intensive care diaries reduce new onset post traumatic stress disorder following critical illness: a randomised, controlled trial. Crit Care. 2010;14:R168. 原著
- Hwang DY, et al. Society of Critical Care Medicine Guidelines on Family-Centered Care for Adult ICUs: 2024. Crit Care Med. 2025;53:e465–e482. 指針本文
- Zhang W, et al. Effect of Diaries on Mental Health Outcomes in Adult ICU Survivors: A Systematic Review and Meta-Analysis. Nurs Crit Care. 2026;31:e70675. 論文本文










